欧米の防犯環境設計

環境設計による攻撃的CCTVシステム

メカニカル・アイで犯罪者を追詰める
連続爆弾事件を通してみたロンドンの安全な街づくり


日本女子大学教授
清永賢二

1.爆発するロンドン

平成11(1999)年4月17日の土曜日。夕刻5時26分。ロンドンは爆発した。連続「釘爆弾(Nail Bomb)」事件の皮切りになった爆発だ。
 1番最初はブリックストン地区、次いで1週間後にブリックレーン地区で、そのまた1週間後にはソーホのパブでと連続した。最後のソーホの爆発では、一瞬にして即死状態の者3名、重軽傷の者65名を出すまでに至った。
 この事件は、注意して見る者だけに分かる、犯罪とその防止に関わるイギリスの隠れた様相を一瞬ではあるが鮮明に照らし出した。

2.ブリックストン

環境設計による隠れた犯罪防止実験エリア、ブリックストン
ここには、原色の人の渦が溢れ溜まり、果物と肉の甘酸っぱい匂いが込め、下町の人々の喧騒染みた大声が行き交う。
 元首相のジョン・メイアーも幼い頃をここで過ごした。元首相が生活していたからといって、ブリックストンが品の良い街であると思ってはならない。ほんの10年前まではロンドン最高の犯罪危険地帯といわれた。自殺したければブリックストンだ。
しかし、経済的繁栄は、確実にこの街を変えた。その日暮らしの人々が僅かな食材を求めたかっての市場は、その異色性が特徴となり、観光客を交えた国際バザールとなった。犯罪からの危険性そのものが商品となり、「ブリックストンに行ったのよ」が若者のささやかな冒険心をくすぐるフアッションとなりつつある。
人々がブリックストンを受け入れる最大の原因は、ここがかってのブリックストンではない、安全な街なのだ、という共通感覚が醸成されたことによる。

エレクトリック・アベニュー
ブリックストンのこの通りの市場で、最初の釘爆弾が爆発した。爆弾に大きな釘が大量に埋め込まれ、爆発と同時にその釘が4方に吹き飛んでゆくから「釘爆弾」だ。
スコットランドヤード発表。決定的な目撃者、証拠物件なし。
エレクトリック・アベニューと直交する大通りに、およそ15メートル間隔で街路灯のポールが5本並ぶ。首筋に視線を感じてならない。しかし、注視している者は誰もいない。街路灯の上に小さい箱がある。写真機の望遠レンズを向け拡大して見る。
 高くて目では視認し難いが、超小型テレビカメラ(CCTV)だ。この超小型カメラに混じって、街頭の要所に中型カメラが設置されている。
街路灯に設置されているということは、爆弾破裂の現場となった市場内にも、何ほどかのカメラが設置され、被疑者像をキャッチしているはずだ。しかし、そのカメラはどうしても発見できない。

被疑者を凝視するメカニカル・アイ
 釘爆弾は連続して破裂する。ソーホでは、片足が吹き飛んだ。社会の緊張は強まる。
しかし、スコットランドヤードも決定的なテレビ映像をレリースする。非常に高い確率で犯人と判断される若い男性の行動状況のモニター画面だ。野球帽の色から本人の顔つき、背丈、年齢、人種までの全てが夜の1般テレビに写った。同時に「この男性は必ずあなたの隣りに居る」のキャンペーン。最終的に、被疑者は、この映像を基にした情報提供により、あっけなく逮捕された。
この連続事件を追いかける者にとっては、1番の興味は、写真2を写したテレビカメラが何処に設置されていたかだ。写真2の角度から、カメラのセッテング場所を探す。しかし、目に入らない。写真機の望遠レンズを拡大して行く。
 「あった」。
何と街路灯に付けられていたカメラよりも、数倍は高性能と思われる超大型ビデオカメラが、はるか50メートルも先の市場の屋台のテントやそのスカートに隠されるように設置され、この市場の出入り口、即ち、爆弾の破裂したブリックストン・ロードとエロクトリック・アベニューが作る三叉路のそのピンポイントに焦点を合わせていた。
 三叉路角から見たカメラは、小さな点でしかない。

環境設計実験地区・ブリックストン
 ブリックストンでテレビカメラ群全体の設置状況を見てまわる。
 配置されたカメラ群の特徴は、公共空間に超小型、中型そして超大型のカメラが極めて効果的にセットされている、ということだ。さらに、この効果は、商店が自己防御のために自費で設置した小型カメラで強化される。
 まず設置位置について見てみよう。
 超小型カメラは、カメラの足元の光景を固定して写す。超小型であるだけ、市民の不愉快感は低減する。しかし、カバーする空間が狭く死角が生じる。この欠点を中型と超大型カメラが補強する。
 中型カメラは、三叉路の角と街路の交差するコーナーに設置されている。コストの問題もあり、超小型カメラに比べ設置台数は少なくなる。カバーする空間は、中型であるだけに広がり、要所をしっかりと押さえる。しかし、市民の視界には入りやすく、不愉快感情には触れやすい。また、いかに中型とはいっても固定されている上に、カバーする空間にも穴が開く。この欠点を最終的に超大型カメラが克服する。
 超大型カメラは、台数は非常に少ない。しかし、それだけ解像力に優れている。また、浮動式(絶え間無く首を振っている)で背後に人間の存在があること、極めて遠隔から対象を捉える能力を持っている。潜在的犯罪者には威嚇効果、実際の犯罪実行者には撮られていることを意識させずに極めて遠距離から映像化し確かな資料が確保できる、という利点を持つ。
 ブリックストンでは、1つのカメラが破壊されても、その背後を複数のカメラが、近距離から遠距離から、視界の範囲内あるいは範囲外から確実に補完する。
 犯罪を実行するなら、しても良い。しかし、我々は、絶対に君を逮捕するぞ、という強固な仕組みが構築され、ブリックストンの確かな安全が生み出されている。
 

3.防御から攻撃へ

釘爆弾の解決には、街頭に設置されたビデオカメラ群、正確に言えば複数のカメラを組み合わせたシステムが、犯人逮捕の最大の功労者であったことは間違いない。
単体としての自己防衛的「防犯」カメラではない。もっと積極的な役割がテレビカメラに期待され初めている。
 そのため最大の効果を発揮するよう緻密に計画された複数のビデオカメラによる、地域安全と地域の経済的繁栄維持を目的とする「攻撃」的ビデオカメラ「システム」が、ロンドンだけでなくイギリスの「公共空間」に設置されつつある。
 日本でも、最近の複雑多様化そして凶悪化する公共空間での犯罪制御を目的に、こうしたイギリスの環境設計による攻撃的防犯手法モデルの導入を積極的に検討する時代が到来したことは間違いない。
(セキュリティ産業新聞5月25日号)

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The Farm  〜CRC(イギリス国立犯罪予防学校)を訪ねて〜

                     

(株)ステップ総合研究所 清永奈穂

 2000年10月早朝。ロンドン・キングスクロス駅から城塞都市ヨークへと出発。
 ヨーク。ローマ時代に遡る古い城壁に囲まれた大聖堂ヨークミンスターのある街。また、この街の郊外には、内務省直属の「国立犯罪予防大学校(Crime Reduction College=CRC)」がある。古都ヨークは英国最先端の対犯罪防止戦略拠点でもあるのだ。
 CRCは、かってCrime Prevention College=CPCと呼ばれた。しかし、トニー・ブレアー政権の下、Preventionという受動的な防止でなく、まさに犯罪をReduction=制圧するのだ、という積極的で強固な意志を込めて名称変更された。僅か3年前である。
 このCRCに一人の男性が居る。彼M氏は、将来の犯罪予防を担う人材、特に「環境設計による犯罪防止=CPTED」に関わる英国の警察官養成部門のトップだ。彼を来年春に日本に招聘したい。招聘を進める背後には、我が国においても、さらに積極的な実践的CPTED戦略を日本の街中に展開したい、という多くの方々の思いがある。
 ともかくCRCに向けてヨーク中心部からタクシーを走らせる。
 1時間後。コッテージ風の小さな門、そして「Crime Reduction College」と書かれた白い木の板が現れた。セキュリティチェックのための小さな遮断機を越えると、目の前にかっての貴族の田園の館がドーンと現れた。まさに「The Farm(農場)」だ。
 入り口扉を開く。ホールには鈍く光るオークでできたカウンター、奥へ続く絨毯が敷かれた長い廊下、使い込まれた古い階段、その階段の踊り場に柔らかい光を投げかける頭上のステンドグラス。住む人の手触りを感じる心地好さが溢れる。
 屋根裏にあるM氏の仕事部屋へ行く。そこには、コンピューターや書類の山積みとなった机が6つ並び、それぞれに立派な体格の男性が5人ほど座っている。取り分け人懐っこい笑顔を浮かべて迎えてくれたのがM氏であった。
 M氏は、この大学校を紹介して「カレッジには、防犯と防災の研究部門、そして現場の専門職として働く人材を育てる教育機関があるのですよ。教育を受けている学生(警察官)は、かなりハードな授業を受ける。そのハードさをカバーするため、また、犯罪予防という非常にシリアスな問題に取り込む生徒たちや我々職員が少しでも気持ちよく過ごせるよう、ここでは様々な環境の調整がなされてるんだ」という。
 また、「現実の犯罪に向きあうっていうのは、矢張り辛くて悲しいことが多い。だから、せめて現場にいないときは皆気持ちを安らかにおきたいんだ。」ともM氏は言う。
 M氏のこうした言葉の中に、英国警察官の方々の生きた柔らかな犯罪観や犯罪防止哲学、そして犯罪に直面する方々の重さと哀しみ優しさを、さりげなく、しかし深く嗅ぎ取ることができる。日本も英国も、犯罪現場に携わる方々の想いは変わらない。
 CRCを尋ねて良かった。きっと来年春の日本でのM氏を中心とした会議は成功するに違いない。暮れて行く晩秋を想わせる田園風景に囲まれながら、強く確信した。
(セキュリティ産業新聞10月25日号)
 
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